蠟彫刻に関するノート(ショート・バージョン)

 

私の作品は、幼少期から不可解だと思った形態や、事象や、感覚を主なモチーフにしています。


以下、思い付くままに列挙してみます。


水生生物、植物の種子・果実・花弁、万年青、サボテン、甲虫類、顕微鏡で覗いた有機物

造形の杜撰なオモチャ、歪な土産物、磁石、用途不明な機械のパーツ、EXPO’70の展示品

幽霊・妖怪・宇宙人・ネッシー等の現在で言う所のUMA、オカルト本

昭和40年代の特撮番組に登場する怪人、ふと垣間見てしまった大人向けテレビ番組、拾った成人雑誌

病気の症例を掲載した家庭用医学書、事故の現場写真、ギプス

変わった名前、駄洒落、見間違い、聞き違い、吃音

手癖、発熱時の夢に頻出する形態

幼少期の自分の身体、男性の身体、女性の身体…


まだ「セクシャル」の意味を理解していなかった幼少期の私は、上記の様なものを「セクシャルな事象」として捉えていたように思います。

そうした事象からある部分を抽出し、生命体のような形態を作っています。

ある部分とは「その事象を事象足らしめている解像度の高い部位」とでも言えば良いのでしょうか。


私にとって、それを表現するのに最適な素材が蠟でした。

蠟は人間の皮膚を表現するのに適した素材ですが、リアリティのみを追求している訳ではありません。

リアリティという安定したものではなく、生命体の持つ不安定な状態を生み出したいのです。

概して言えば、空間の中で動的平衡状態を生じさせたいのです。


その際に重要な要素が「質感」です。

質感に対する意識が希薄だと空間との緊迫した調和が失われ、動的平衡のバランスが崩れてしまいます。

周辺環境との境界である作品の表面に、シワを刻み、絵の具を重ね塗りし、植毛を施すことで、動的平衡状態を生じさせ、ひいてはそれが音の様に拡がり、空間の隅々までをも満たせればと思っています。


最後に、彫刻とは「物体と地面の関係」を探索することだと考えています。

形態と質感、それだけのシンプルな要素で動的平衡状態を感知させられれば、「物体と地面の関係」にも自ずと答えが導き出せるのではないかと思っています。